ロボマインド・プロジェクト、第600弾!
こんにちは、ロボマインドの田方です。
1966年8月1日、25歳のチャールズ・ホイットマンはテキサス大学の展望デッキから突然、ライフルで、キャンバスにいる学生を無差別で発砲しました。
13人が死亡し、33人が負傷し、ホイットマンは駆けつけた警察官に射殺されました。
その後自宅を捜査すると、ホイットマンの母親と妻が刺殺されているのが見つかりました。
さらに、遺書も残されていて、こう書かれていました。
「最近、わけのわからない異常な考えが次々に襲ってくる。
いろいろ考えたあげく、今夜、妻のキャシーを殺すことに決めた。
僕は彼女を心から愛しているし、僕にはもったいない素晴らしい妻だった。
冷静に考えて、こんなことをする理由を挙げることなどできない」
さらに、こうも書かれていました。
「自分の脳に変化が起きていないか究明するために検死解剖してほしい」と。
希望どおり検死解剖した結果、ホイットマンの脳に直径2センチの腫瘍ができていて、偏桃体を圧迫していることがわかりました。
偏桃体は、恐怖や攻撃性をコントロールする部位で、ここが圧迫されることで狂暴な別人格が現れたようです。
今回も、デイヴィッド・イーグルマンの『あなたの知らない脳』から取り上げます。
記念すべき第600回のテーマは自由意志です。
今まで、何度も取り上げてきたテーマですけど、今までとは別の視点から見ることで、なぜ、ホイットマンのような人間が生まれたかが分かってきました。
これが、今回のテーマです。
そもそも、自由意志があるとは、どういうこと?
それでは、始めましょう!
ホイットマンは射殺されたので裁判にかけらなかったですけど、裁判にかけられたケースもあります。
23歳のケネス・パークスは、妻と5カ月の娘と暮らしていました。
離れて暮らす妻の両親とも良好な関係でした。
ギャンブル依存で、借金にも悩んでいた彼は、妻の両親に相談することにしました。
1987年5月23日の早朝、ケネスは夢遊病の状態で車に乗り込みました。
つまり、意識がないまま車を運転し、そのまま義理の両親の家まで22キロを運転しました。
そして、そのまま家に押し入り、義理の母を刺し殺し、義理の父も襲い、その足で警察まで車を走らせました。
そこで、血に染まった手を見せて「誰かを殺した気がするんです」と言ってその場で逮捕されました。
その後、1年にわたる裁判が行われました。
その過程で、彼は事件のことは何も覚えていないことが確認されました。
ただし、殺したのは事実です。
それから、殺す動機がないことも誰もが認めることです。
さて、ケネスは、有罪といえるでしょうか?
最終判決は、夢遊病が認められて無罪となりました。
もう少し軽い事例も取り上げます。
認知症の一つに前頭側頭型認知症というのがあります。
このタイプの認知症は、じつに様々なかたちで社会規範を破ります。
たとえば店長の目の前で万引きしたり、公衆の面前で服を脱いだり、場違いなタイミングで歌を歌ったり、ゴミ箱で見つけた残飯を食べたりします。
前頭側頭型認知症患者の57%が警察の世話になっているのに対し、同じ認知症でもアルツハイマー型認知症は7%です。
脳が変性して現れた人格は、その人の本当の人格といえるのでしょうか?
どこまで本人の責任としていいのか、自由意志による責任はどこまで及ぶのか、いろいろ考えさせられます。
そもそも、自由意志は、誰もちゃんと定義すらしていません。
そこで、まずは、そこから考えます。
自由意志を定義するには、まず、何があれば自由意志があるといえて、何がないと自由意志がないといえるのか、矛盾なく全体を説明できる体系が必要です。
その体系が何かというと、それは情報処理体系です。
ここ、詳しく説明します。
僕らは世界があると考えますよね。
でも、たいていの生物は世界があるなんて思ってもいなくて、ただ環境に反応して生きているだけです。
たとえば、カエルはエサの虫を見つけたら捕まえて、天敵の影を感じたら逃げるだけです。
虫がいるとか、鳥がいると考えることなく、反射的に行動しているだけです。
同じ目を持っていても、どんなふうに感じて生きているのか全然違います。
その違いがどこから来るかというと、それが情報処理の違いです。
情報処理の違いは進化で生まれました。
じゃぁ、どんな進化が起こったんでしょう?
これをモーターで考えます。
たとえば最も単純なモーターに工作で使う直流モーターがあります。
電圧を上げると、高速で回転して、力も強くなります。
生物でいえば、電圧が外部環境からの情報です。
カエルは、天敵の鳥の影を感じたら逃げますよね。
そのとき、小鳥の影より、巨大な鳥の影を感じたときの方が大慌てで逃げます。
恐怖という感情の大きさが生物の行動を強く駆り立てるわけです。
さて、単純な直流モーターでなくて、ロボットの制御につかわれるのは高級なサーボモーターです。
サーボモーターは、単に回転するだけでなくて、回転角度まで制御できます。
そのために、電圧を駆動とコマンドの二種類に分けます。
駆動電圧は、モーターを回転させる電圧で、コマンドは回転角度を制御する信号電圧です。
細かく動きを制御することで、今まで大雑把に逃げるとしかできなかったのが、別の動きをして敵を欺くとかできるようになりました。
これが情報処理の進化です。
電圧で動くのは、今までと同じです。
それを、駆動と制御に分けることで、より複雑な動きができて、より環境へ最適に適応できるようになったわけです。
別の見方をすると、情報処理の進化とは、入力信号を複数種類の信号に分解することと言えます。
さっき言いましたけど、生物の情報処理は二種類に分かれます。
一つが、カエルのように環境に反応して動くタイプで、これを反応系と呼びます。
もう一つが、世界があるとか、物があると認識するタイプで、これをある系といいます。
人間がこのタイプです。
たとえば、目の前にリンゴがあるとします。
人は、頭の中の仮想世界にリンゴを作り出して、それを認識するといった情報処理を行います。
それを食べたいと思ったら、リンゴを掴んで口まで持ってきて食べますよね。
仮想世界のリンゴを認識し、そのリンゴを食べたいという欲求が生まれたら、腕を制御してリンゴを食べる。
人間の場合、これだけ複雑な情報処理が必要なわけです。
このような複雑な情報処理ができるのは、まず、情報を駆動とコマンドに分解したからです。
つまり、情報処理の進化というのは、情報を分解することから始まります。
さて、人間は、欲求信号を受け取って、コマンド指示を出して体を制御します。
じゃぁ、欲求信号を受け取って、コマンド指示をだすのは何でしょう?
それは、意識プログラムです。
つまり、ここまで情報を分解して初めて、意識が生まれるんです。
意識が生まれるというか、意識が生まれる土壌が整います。
ただし、その土壌から、僕らが今、感じているこの意識が生まれるとは断言できません。
なぜなら、意識は、入力信号からコマンドを出力するだけのプログラムです。
そんなの、いろんなやり方があります。
それじゃぁ、いったい、他にどんな意識が考えられるでしょう?
情報処理は脳で行われることを考えたら、脳の形態の数だけ、意識があるといえそうです。
たとえば、人間の脳は右脳と左脳に分かれています。
右脳と左脳は別の情報処理をしています。
ということは、右脳と左脳で別の意識が宿る可能性があります。
このことを端的に示した症例がエイリアンハンドです。
右脳と左脳を分離した分離脳患者は、左手が自分の意思に反して勝手に動くことがあります。
これがエイリアンハンドです。
これを見てください。
https://www.youtube.com/watch?v=V0QbcROOv-E
1:22~1:44
ケースから薬を取り出して飲もうとします。
左手でケースの蓋を開けたと思ったら壁に投げつけました。
さらに左手は右手に持ったケースを叩き落とします。
床に散らばった薬を右手で集めます。
集まったところを左手がまた散らします。
脳と体の制御は左右反転していて、左手を制御するのは右脳で、右手を制御するのが左脳です。
つまり、今の場合だと、左脳が薬を飲もうとしても、それを右脳が邪魔をしているわけです。
普通は右脳と左脳は協調して一つの意識としてふるまいますけど、分離脳患者の場合、意識も左脳と右脳に分かれてしまったわけです。
このことからも、右脳と左脳が分かれることで、それぞれ別の脳で情報処理をしていることがわかります。
じゃぁ、他の生物はどうなんでしょう?
これはいつも見ているの脳の系統発生図です。
いつもは、大脳の進化としてみていましたけど、今回は右脳と左脳で見てみます。
じつは、魚類とかじゃ、まだ、右脳と左脳がはっきり分かれていません。
両生類や爬虫類になると徐々に分かれてきますけど、機能的には右脳と左脳で処理の違いは見られません。
このことからも、脳の形態と情報処理に関連があるといえそうです。
もっといえば、脳の形で世界の感じ方が変わるとも言えます。
今のは脊椎動物の話でしたけど、タコとか無脊椎動物も脳をもっています。
無脊椎動物になると、そもそも右脳と左脳に分かれていません。
それどころか、タコの場合、8本の足にまで脳が分布していて、中央の脳の制御とは別に、足が自律的に動くそうです。
そこまで脳が違うと、全くどんな世界観を持っているのか想像もつきません。
その意味では、分離脳患者の右脳の意識は、まだ、ギリギリ想像できます。
ここで右脳と左脳の情報処理の違いを見ていきます。
右脳は、イメージや空間認識と言われています。
見たままの世界をありのままに認識するのが右脳の情報処理です。
一方、左脳は言語や論理的思考を司るといわれています。
さっき、情報処理の進化は分解することだと言いましたよね。
ありのままの世界を作り出すのが右脳です。
それを分解するのが左脳です。
左脳は、右脳が作り出した仮想世界から、これがリンゴとかこれが机とかって分解して認識します。
そして、その中に自分もいます。
情報を分解して整理することで、効率よく記憶もできます。
細部まで覚えていなくても、チラッとみただけで、これはリンゴ、甘酸っぱくて美味しい果物と理解することができます。
そして、「リンゴ」というのは名前ですよね。
認識したものに名前をつけて呼びます。
それが言語です。
それから、記憶できるということは、リンゴを見て、昨日のリンゴが今、目の前にあると理解できます。
つまり、時間の理解です。
そして、過去から現在まで一貫している自分を認識できます。
これが一貫した自分という人格です。
さらに、時間が理解できると、「AすればBとなる」といった原因結果の関係が理解できます。
これが論理的思考です。
これらすべての情報処理をするのが、左脳の意識プログラムです。
じゃぁ、逆に右脳の意識はどうでしょう?
右脳が認識するのは、今、この瞬間だけです。
だから右脳は時間も認識しませんし、こうすればこうなるといった論理的思考もできません。
右脳の情報処理は、パッと思いついた直感です。
だから、薬のケースを見て、はたき落としたいと思ってはたき落とすわけです。
集められた薬を見て、散らしたいと思って散らすわけです。
薬を飲んで病気を治すといった論理的思考をしません。
もしかしたら、右脳は、直観でこの薬はヤバいと感じ取ったのかもしれません。
いずれにしても、左脳と右脳が全く違う情報処理をしているってことがわかりましたよね。
そして、人間社会というものは、左脳の意識をもつ人格が前提となっています。
左脳は、一貫した自分という人格を持ちます。
さらに、自分の行動がどんな結果を生むかも理解できます。
世界には自分以外に他者がいることを理解しています。
これらの情報処理を行うのが左脳の意識プログラムです。
意識プログラムは、自分の意思で体を制御します。
これが自由意志です。
これが自由意志の厳密な定義です。
今の定義に従うと、たとえば、右脳の意識は自由意志とは言えないとなります。
なぜなら、右脳は一貫した自分という概念は持たないし、論理的思考ができないので、自分の行動がどんな結果を生み出すといったことを想像できません。
これは、自由意志を持った人格にはなり得ません。
おなじことは 、夢遊病者にも言えます。
自分が何を行おうとしているのか、何をしたのか全く覚えていません。
社会的人間の要件を備えていません。
これじゃぁ、裁くことなどできません。
だから罪は問えないんです。
だから無罪になるんです。
次は、前頭側頭型認知症を考えてみましょう。
なぜ、前頭側頭型認知症になると、社会的規範を破るのしょう?
これ、隠れていた衝動を抑制する能力を失うからと言われたりしますけど、僕は、ここに疑問を感じます。
似たような症状にトゥレット症候群があります。
トゥレット症候群は、意図せず動いたり声を出したりしてしまいます。
中には、汚言(おげん)症といって、罵倒するような言葉や、卑猥な言葉を言わずにおれない症状があります。
それも、電車の中とか、絶対に言ってはいけない場所で言いたくなるそうです。
本人も、言ってはいけないとわかっているのに、抑えきれなくて、つい、言ってしまうそうです。
人の行動を駆り立てるのは感情です。
怖いといった感情が湧きおこるから逃げます。
安心という感情が、ここにいたいと思います。
これは生物の持つ本能に根差します。
さて、人間社会は左脳の高度な情報処理システムの上に成り立っています。
その情報処理システムは、一貫した自分や他人を認識します。
他人も感情を持つことを理解します。
高度な情報処理システムで作られた社会は、自分の行動で他人がどんな風に感じるかまで考えるよう要請します。
つまり、他人が喜ぶことをしなさいという要請です。
これが善です。
逆に、他人が嫌がることはしてはいけないと要請します。
これが悪です。
これらの社会的要請と自分の欲求の間の絶妙なバランスの上で自分の行動を決定しないといけません。
それを行うのが、左脳の意識プログラムです。
こう考えると、かなり複雑な情報処理が行われているといえますよね。
単純なシステムなら壊れにくいですけど、これだけ複雑な情報処理をするプログラムとなると、バグも発生します。
じゃぁ、どんなバグが考えられるでしょう?
たとえば社会的要請と、自分の欲求とが混線するとかです。
言ってはいけない言葉と、自分の欲求が結びつくとかです。
そうなると、言ってはいけないと強く思えば思うほど、言いたいと言う欲求が高まるわけです。
前頭側頭型認知症は、前頭葉と側頭葉が委縮、変性します。
意識は、前頭葉にあると言われていますので、萎縮した前頭葉で意識プログラムの混線が起こったのかもしれません。
トゥレット症候群は、ドーパミン異常が原因で起こることもわかっています。
ドーパミンは、報酬系ホルモンで、依存症などに関係します。
だから、言ってはいけないこととドーパミン報酬系が結びつくと、言ってはいけないことを言いたくて仕方がなくなるんでしょう。
そう考えると、ホイットマンの事例も見えてきます。
脳の腫瘍によって、社会的に最もやってはいけないことと、報酬系が結びついたのかもしれません。
または、社会的に最もやってはいけないことと、社会的要請が結びついたのかもしれません。
だから、最も愛している妻を殺さないといけないと思ったり、学生を無差別に射殺しないといけないと思ったのでしょう。
こんなバグが起こるのも、高度な情報処理を行うまで脳を進化させたからです。
脳内の情報処理という視点で見ると、今まで見えなかったいろんな現象をすっきり説明できそうです。
はい、今回はここまでです。
この動画がおもしろかったらチャンネル登録、高評価お願いしますね。
それから、よかったらこちらの本も読んでください。
それじゃぁ、次回も、おっ楽しみに!
第600回 そもそも、自由意志があるとは、どういうこと?